鶴見済「完全自殺マニュアル」の死生観

 今日は読書をするか文章を書くと決めたのに、朝から体調が悪いし怠いしでもう気づいたら夜になっている。もったいぶってちゃんと書こうとするといつまでも書けないし、とにかく雑になるかもしれないが覚書きくらいの気持ちで記事を更新したい。

 先月の半ば、90年代サブカルチャ―に関するイベントに行ってかなり刺激を受け、さらにそこで迷惑系ユーチューバーと鬼畜系の違いについて議論されたりなんかしてとても楽しかった。前回そのあたりについて思うところをまとめようと思ったのだが、夜の定時配信までに書くのが間に合わず、さらにそこからふわっちのイベントやコラボや色々あってずっと更新できていなかった。今回その続きを書いても良かったのだが、まず私にとって90年代サブカルチャーにどんな思い入れがあるのかという話を書いていきたい。

 私は自分の思想は90年代サブカルチャーからかなり強い影響を受けていて、感覚に根を張っていると感じている。とくにそれを象徴する価値観は、鶴見済のベストセラー『完全自殺マニュアル』(1993年太田出版)にある死生観だ。完全自殺マニュアルの冒頭文には、著者鶴見済の友人が奥歯に青酸カリを詰めて生活していて、その「いつでも死ねるという安心感」によって今日を生き延びている、というエピソードが紹介されている。完全自殺マニュアルは多くの方がご存知の通り、自殺の方法を詳細に紹介した本であり、結果的にこの本を参考に多くの読者が実際に自殺してしまったが、どちらかといえば自殺を推奨するための本ではない。虚しく苦しい日常に耐えて強く生き残り続けなければならない、という風潮へのアンチテーゼであり、それは言い換えれば弱さや逃避を許すことだ。奥歯の青酸カリのように、いつでも死ねると思いながら今日を気楽に生きるためのお守りなのだ。

 私の中に漠然とずっとある自殺願望も、こうしたお守りのようなものとしてある。病んでいるから死にたいのではない。途方もなく長い将来を考えて生きなければならない息苦しさ、世間の納得するような実感のない希望を求めなければいけない圧迫感、それに伴う社会的責任、周囲からの評価、自分自身の能力の限界……そうしたものすべてが無意味に思え、嫌になり、押しつぶされて今この瞬間を生きる理由が実感できなくなったとき、自殺のことを考える。そうすればここにある刹那的な幸せは少なくとも見えてくる。死ぬ前にやりたいこともわかるし、生きているうちにやっておこうと思える。

 たとえば私は大学生のとき、最初は就職を考えていたが、もし就職しても仕事がうまくいかず三年以内に鬱病になって実家に引きこもり、追い詰められていずれにせよ自殺する未来しか想像できなかった。そうならないように足掻いたが、どう考えても私は社会人として生きることは無理だとしか思えなかった。大学生の頃、私は統合失調症を疑われたことがあり、常に「普通にならなければいけない」「正しくならなければいけない」といった得体のしれない義務感に責め立てられ、その強迫観念はどんどん大きくなり、「ゴミ」「役立たず」といった罵詈雑言が自分の意思と関係なく頭の中から溢れるようになっていった。耐えきれず自殺を考えたとき、私が死ぬ前にやりたかったことは、就職をあきらめることと家出をすることだった。結果的に私はその場を生き延びるため、長い将来のため努力するより、育ててくれた両親の納得する幸せより、刹那的な生き方を選び、普通に生きることを投げ出した。それから8年間SMバーで働くことになり、夜の仕事は若いうちしか続けられないのはわかっていたが、その間は毎日が楽しかった。どうせ、死にたくなったら死ねばいいのだから。

(ちなみに私の人生がこうなったことには、発達障害が深く関係していたと思う。思春期のときにきちんと診断を受けて、治療なり対策なりをしていたら社会との関わり方はかなり変わったと思う。両親も、学校教育も、私自身も、私は普通であるべきだし、なろうと思えばそうなれるとも考えていただろう。それは当時は仕方なかったかと思う。)

 

 いつか自殺しよう。いつでも好きに終わらせればいい。だから今を気楽に生きられる……。

 とても無責任で傲慢で迷惑な考えで、ただの現実逃避以外の何でもないのかもしれないが、こういう感覚がずっと私を救い、今日まで生かしている。私は奥歯の青酸カリのように、自殺する将来をいつも前提にすることでしか今を生きる虚しさに精神的に耐えられない。私はいつも焦りに追い立てられ、不安に駆られると自殺の計画を立てることで精神を安定させる癖がある。そして何度も具体的に自殺を考えているにもかかわらず、実は本気で自殺未遂をしたことがたったの一度もない。自殺衝動にかられて突発的に未遂をするということもない。一説によれば、実際のところ自殺について考えることは今耐えるべきストレスを軽減させる効果があるらしい。自傷行為に依存するしくみも、そのようなものなのかもしれない。自殺について考えることでしか癒されない感覚があるのだ。本当に私はただ、今生きることに耐えるためだけに「死にたい」のだ。

 

 ただし、私に染み付いたこの鶴見済的死生観は、私の若い時代にも既に過去であったし、20年代のメンヘラカルチャーでいうところの「死にたい」という感覚からはだいぶ離れているように感じている。

 90年代は、政治権力への抵抗も時代遅れになり、あらゆる価値や意味の根拠が失われ、バブルの繁栄の名残の中に虚無的な個人主義と自由がある時代だったように思う。若者たちはその虚無を刹那的な欲望で埋めきれず、変わらない退屈な日常に耐えられないからこそ死にたかったのだ。一方で20年代、不況とSNSの時代の若者たちが耐えているのは虚無でも退屈でもない。なぜなら現代はあらゆる価値の評価基準があまりにもわかりやすい時代だからだ。金がない時代で金が大事だからこそ、単純に金を稼げば偉いし、SNSではフォロワーが多ければ多いほど、いいねが多ければ多いほど、再生回数が多ければ多いほど良い。それに左右され一喜一憂する。令和の「死にたい」は、承認欲求と深く関わっている。自分自身の存在価値があるかどうかの問いかけであり、認めてもらえるか、愛されているかという確認のための呼びかけである。同時にそうしなければ承認されない自分自身を自嘲的に揶揄することで、心病んでいる者同士で病んでいることを確認しあい、病んでいるというアイデンティティによって連帯感を作っているようにも見える。  

 現代の「死にたい」は、正直私にはあまりしっくりこない。メンヘラの中にいても疎外感を感じる。むしろ私の中に、もっとそういった承認欲求が正常にあったなら、逆に死にたいと思わないのではないか。私はたまに本当に世間的な価値というものの何に魅力があるのか理解できないときがある。私は根本的に人間が好きで、他人が好きだから自分を愛してくれる人を愛せる。でもそれは愛されたいというのとは違う感覚で、ともすれば私の心の奥底には愛を求めることへの軽蔑や偏見すらあると感じることがある。他人からの侮蔑も称賛も、自分自身も、ふとどうでもよくなる。そこに私の自尊心も劣等感も優越感もなくなる。すべてがバカバカしくなる。私はどんな自分を他人に認めてもらいたいのか、わからない。今日も心に、未だに完全自殺マニュアルを潜ませて令和を生き抜いている。

 

 まあそんな感じで、そのうち迷惑ユーチューバーとそれこそ令和のメンヘラカルチャーの話だとか、最近読んだ中森弘樹の「「死にたい」とつぶやく」の話、あと吉永嘉明の「自殺されちゃった僕」の話とかもしたかったけど、今日はテーマ絞ってこのへんで。

 駄文読んでくれた方ありがとうございました。感想もらえたらうれしい!